浮き島レコード

景色だけが変わり未来は過去になる

雑想2(日本語詞の発明者)

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宇多田ヒカルが15歳のときに『First Love』を作ったことがどれだけ衝撃だったか、という話はよく聞きますが、むしろ「Wait & See〜リスク〜」「Can You Keep A Secret?」「タイム・リミット」「For You」といった名曲を量産してた時期(アルバムで言えば『Distance』期)の宇多田がまだ弱冠17〜18歳であったことに最近改めて気づき、驚愕しました。
 
これらの曲は極めて完成度の高いポップスなのですが、いま聴くと「先進的」とか「アメリカのR&Bに近い〜」という宇多田のイメージに反してむしろその詞の大部分が平易で聞き取りやすい日本語で書かれていることに耳が行きます。そのような平易な日本語を用いて、これまで誰も聴いたことのない音と言葉の組み合わせを生み出したことが宇多田ヒカルの偉大なところと言えるのではないでしょうか。(もちろん他にもいくらでも功績はあると思いますが)

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どこを取り出しても良いですが、「タイム・リミット」の「仮に何事にも終わりが訪れるとして」という節回しなんかは今聴いても凄いですよね。「仮に〜」という文章自体は明治時代から使われてそうな文なわけですが、それがこういう節回しで、こういうリズムに乗って歌われるとは誰も想像しなかったのではないでしょうか。「タイム・リミット」に限らず、宇多田ヒカルの曲にはこうした「発明」的なラインがいくつもあって、それが曲のなかでフックとして有効に機能している気がします。
 
1990年代は、メアリー.J.ブライジをはじめとしてアリーヤTLCデスティニーズ・チャイルドなどがブレイクし、R&Bがヒップホップの影響を大きく受けながら変化した時期と言えるでしょう。そんな中でその「節回し」も変化していくことになります。それ以前の代表的なシンガー、例えばホイットニー・ヒューストンなどと比較すれば分かりやすいと思いますが、ループするトラックに添いながらよりロウに、グルーヴを殺さないように歌うスタイルがR&Bの主流となっていきます。この時期、松尾潔がデビュー前のMISIAに「今は歌い過ぎないのがカッコいいんだ」と言ったそうですがまさに慧眼といった感じで、宇多田の『First Love』や『Distance』は、このような新しいR&Bのメロディにどう日本語を載せるかという試みでもあったのではないかと思います。
 
宇多田の場合それはたぶんトレンドがどうこうというより、自分が普段聴いてる音楽と自分のよく使っている言葉が分離しているという「差延」(Distance)を埋めるための試みだったと言えるのではないでしょうか。もっとも宇多田はバイリンガルなので、そういう人が日本語でメロディを組み立てるとき脳内でどういう処理を行うことになるのかいまいち分からないというところはあるのですが(というか複数言語話者がどういう言語感覚を持っているのかまず分からない)ともかく日本語という「道具」を選んだ以上、それを自分の好きなフロウに乗せ、自分の感情と合致した「しっくりした」ものにするためには、それを一度発明し直す必要があったのではないかと思います。このような「言音一致」の試みははっぴいえんど日本語ラップを例に挙げるまでもなく、日本文化のなかで延々と行われてきた営為でもあります。自分の愛好する文化と自分の言葉とがズレていること。そのズレこそが新しい言葉とメロディの発明をドライブしてきたと言えるのではないでしょうか。
 
しかし、近年の宇多田ヒカルの活動を見ているとむしろ斬新な言葉とメロディの関係を生み出す「illな発明家」(by hibahihi)としての側面は後退し、バラードなどでメロディメイカーとしての才能を発揮することが多い印象でした。(KOHHとの共演でオッと思うことなどはあったにしろ)そんな私の印象が180°ひっくり返ったのは、小袋成彬との新曲「Lonely One」を聴いた時です。
 
上目遣いでカメラに笑顔見せる少年
ロジックだけでは導き出せぬ数式半ば
一人では辿り着けぬ景色がまだ
僕らが大きくなるのを待っている
わずか数小節の客演ながらその印象は強烈で、何より「うーわーめづかいっ」というフロウはSolangeやSZAといった現在のR&Bを追い続けていなければ不可能と感じ、言葉とメロディの発明家としての宇多田は健在であるという印象を受けました。宇多田が最新の音楽に関心を持ち続け、楽しみ続けていること、いまだに自らの言葉とメロディを探求し続けていることが伝わってきて嬉しかったです。この詞の通り、彼女は未だ「ロジックだけでは導き出せぬ数式半ば」という気持ちを持っているのでしょう。それを「言音一致」で伝えてくれたのがこの1ヴァースでした。今年には新アルバムも出るそうで、宇多田の新たな「数式」がどのような形をとるのか?ということが楽しみに思われる今日このごろであります。

 

Distance

Distance