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Paper Planes

景色だけが変わり未来は過去になる

ロックンロールを聴きなおすこと

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ボ・ディドリー、チャック・ベリー、リトル・リチャード、バディ・ホリーエディ・コクラン…彼らが残した3分間のロックンロールを聴くたびに、コンパクトな形式のなかに詰め込まれたアイデアに驚かされる。

 

例えば、リトル・リチャード「グッド・ゴーリー・ミス・モーリー」のほとんど「ヒップホップ的」なドラムブレイク。バディ・ホリー「エブリデイ」のきわめてミニマルな曲構成(伴奏はほとんどベースとハンドクラップ、鉄琴だけ!)、エディ・コクラン「サムシン・エルス」の「インダストリアル的」とまでいえる凶暴なシンバルの連打。これらは今でも新鮮で、未来のポップ・ミュージックにつながる可能性を秘めている。

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「ロックンロールといえば8ビート」というのは単純すぎる話で、そのリズムの土台にはさまざまな音楽の影響やそれぞれの「なまり」がある。リトル・リチャードのバック・ミュージシャンはニューオーリンズの腕利きジャズプレイヤーであり、プロフェッサー・ロングヘア経由のシンコペーションのきいた演奏を繰り出すことができた。ニューオーリンズという土地はカリブ音楽の影響が多い地域で、同地出身のファッツ・ドミノ、ロイド・プライス、リー・ドーシーらの楽曲からはポリリズミックなキューバン・リズムの影響が感じられる。

 

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ルイジアナ出身のボ・ディドリーにもカリブ音楽の影響がある。ボ・ディドリー・ビートがキューバのソン・クラーベと類似したリズムを持っていることは有名である。ボ・ディドリー・ビートを取り入れた「ノット・フェイド・アウェイ」を歌ったバディ・ホリーニューメキシコ出身であり、テックス・メックスと呼ばれるメキシコ系音楽の影響を受けている。「ラ・バンバ」と「ツイスト・アンド・シャウト」が酷似していることなど、ロックンロールとカリブ/ラテン音楽との関わりは深いのである。

 

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おそらく、それまでジャズやカントリーやラテンをやっていたミュージシャンが50年代に一斉にロックンロール(黒人音楽の一種としての)に参入する中で、彼らの背景にある音楽性が持ち込まれ、ゴッタ煮状態となったのではないか。こうしてみるとロックンロールはきわめて豊かな音楽であり、(特にリズム面から)聴きなおすことで新たな発見があるのではないかと思う。その中には現在のR&Bやヒップホップなどにつながるものもたくさん含まれているのではないか。

 

(例えばこのデイブ・バーソロミュー「ザ・モンキー」は、T.Rexの'Get It On'の元ネタであると同時に、Jディラの「ヨレた」ビートにつながるものがあるように思う)

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参照した文献

大和田俊之『アメリカ音楽史

大和田俊之・長谷川町蔵『文化系のためのヒップホップ入門』

 

 

「シティポップ」極私的名曲ベスト10

 

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シティポップにかこつけて好きな曲を並べてみました。

注:はっぴいえんど~ティン・パン・アレイ史観に偏っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10.

 山下達郎/いつか

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名盤 “RIDE ON TIME”の冒頭を飾る一曲。ひたひたと進むような曲調はThe Isley Brothersの名曲 “What It Comes Down To”を連想させます。また、ORIGINAL LOVE「朝日のあたる道」につながっていくものも感じます。(個人的にこの曲調からは「30分アニメのエンディング」を感じるのですがなぜなのでしょうか。)明るさと切なさが同居した名曲だと思います。

 

 

 

 

 

 

9.

伊藤銀次/こぬか雨

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はっぴいえんどフォロワー期の銀次さんが特にすきです。Sugar Babe, EPO版もステキ。まさしくそぼ降る小雨のようなエレピから強力に引き込まれます。「ここにはスコールさえもない/表はそぼふるこぬか雨」という一節に俳句的な叙情を感じます。

 

 

 

 

 

 

8.

小坂忠/ゆうがたラブ(良い音源がありませんでした・・・)

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名盤『ほうろう』から。このアルバムからは「しらけちまうぜ」が有名ですが、演奏の破壊力でいうとこれが最強なのではないかと思っています。林立夫細野晴臣による鉄壁のグルーヴ。大貫妙子吉田美奈子矢野顕子というありえない面子によるコーラスなど、ジャパニーズ・ソウルの一つの到達点といえると思います。

 

 

 

 

 

7.

EPO/PAY DAY

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今をときめく某トラックメイカーのサンプルネタとして知りました。Just The Two Of Us進行の曲にハズレなし[要出典]

 

 

 

 

 

 

 

6.

大貫妙子/何もいらない

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ター坊の小品は大好きです。牧村憲一さんと組んだヨーロッパ路線も良いですが個人的には1st/2nd(Grey Skies,Sunshower,いずれも名盤)の音が好みです。スムースなグルーヴを持った名曲ですが、特に2:24~の故・大村憲司のギター・ソロが素晴らしいです。

 

 

 

 

 

 

5.

SUGAR BABE/いつも通り

【SUGAR BABE】 いつも通り by J9通信局 音楽/動画 - ニコニコ動画

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同じくター坊のシュガーベイブ時代の曲。いい曲としか言いようがないです。大滝師匠もお気に入りの一曲であります。

 

 

 

 

4.

山下達郎/あしおと(良い音源がありませんでした・・・)

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『MELODIES』収録曲。同アルバムの「クリスマス・イブ」などと比べると「隠れた名曲」の部類ですが、実は桑田佳祐のお気に入りの一曲でもあります。「Paper Doll」や「あまく危険な香り」など、達郎がこのリズムを使った曲に外れなしです。

 

 

 

 

 

3.

竹内まりや/プラスティック・ラブ

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その「必殺のリズム」を使った名曲。作詞・作曲・編曲ともに山下達郎。非の打ちどころのないアレンジで、本人も気に入っているらしくライヴで取り上げたりしています。(達郎のライヴ版『JOY』でのパフォーマンスは凄まじいです)どうでもいいですがこの曲のまりやさんの声、ちょっと宇多田ヒカルに聞こえません?

 

 

 

 

 

2.

荒井由実/あなただけのもの

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林立夫によるイントロのドラムを聴くだけで悶絶してしまいます。ホーン・アレンジなども素晴らしく、ティン・パン・アレイによる名演の一つであると感じます。ユーミンによる最高のファンクであります。

 

 

 

 

 

 

 

 

1.

吉田美奈子/朝は君に

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この曲を紹介したいがためにこのランキングを作りました。名盤『FLAPPER』収録。抑えた歌い出しからじわじわと熱が上がっていく名曲中の名曲。ラストの「朝を!」でバーッと情景が開けていく部分が圧巻で、何度聞いても心を動かされます。そして何と言っても同曲の作曲者でもある故・佐藤博の表情豊かなエレピが本当に素晴らしい。

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今回これらの曲たちを聴き返して思ったのは、当時のミュージシャンたちのアイデアの豊富さと実験精神の素晴らしさです。斬新なコードやリズム・パターンなどから「まだ日本にないポップスを作ろう」という当時の気概を強く感じました。

 

現在90年代的な「オルタナティヴ・ロック」に代わるものとして(オルタナティヴのオルタナティヴ・・・)ceroをはじめとする若いミュージシャンたちが7,80年代の「シティポップ」を参照していますが、見かけはスムースだが本質は過激・革新的であるという過去のミュージシャンたちのスピリッツに共感するところがあるからではないでしょうか。

 

また、「ティン・パン・アレイの名演」ベスト10などでも作ってみたいです。

 

 

FLAPPER

FLAPPER

 

 

ザ・バンド『ミュージック・フロム・ビッグ・ピンク』

 

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ザ・バンドは、これしかない、というバンドである。

 

レヴォン・ヘルムのドラム、ロビー・ロバートソンのギター、リック・タンゴのベース、リチャード・マニュエルの声、ガース・ハドソンのオルガン…
このなかの一つでも欠けたら・・・ということは想像し辛い。

 

例えばレヴォン・ヘルムのゴツゴツとしたプレイをセッション・ドラマーのものと差し替えたら、それはもう別の音楽という気がするのだ。そういう意味でザ・バンドはひとつの「サウンド」だった。ブッカー・T&ザ・MG'sやファンク・ブラザーズがそうだったのと同じように。

 

さいきん『ミュージック・フロム・ザ・ビッグ・ピンク』を聞き返してみて、ザ・バンドはとても「フィジカルな」バンドだったのだと気付いた。
モータウンやインプレッションズをこよなく愛するメンバーが集まったということが重要で、リズムセクションだけ見たなら完全にR&Bだ。それから聴き方が変わった。これほど躍動感と身体性に満ちた音楽はないと思うようになった。

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もう一つ驚いたのが、ドラムの音の大きさ(録音レヴェル)だ。'We Can Talk'や'Chest Fever'など、ボーカルと同じぐらいドラムがデカく入っている。ハイハットの一粒まで明瞭に聴きとれる。これは結構極端なマスタリングの部類に入るのではないか。

 

マスタリングには作り手の思想が現れる、と思う。つまり、これまで音楽をきいてきて「どの部分に感動してきたか」がいちばん現れる部分と言ってもいいのではないか。


ザ・バンドのメンバーは、アル・ジャクソン(MGs)やベニー・ベンジャミン(ファンク・ブラザーズ)のドラムに魂を震わせてきた男たちなのだと思う。ドラムはR&Bにおいて本質的に重要な楽器であり、"口ほどに物を言う"。レヴォンのドラムもそうだった。

 

最後に好きなエピソードを引用して終わろうと思う。ディランがザ・バンドのメンバーをバックバンドに雇って間もない頃の逸話だ。

 

ディランにパーシー・スレッジの<男が女を愛する時>When A Man Loves Womanとインプレッションズのアルバム《キープ・オン・プッシング》Keep On Pushingを聞かせ、「連中は何もたいそうなことはいってない。でも聞いてるとぼくは死にそうになる。あんたは1時間もぶつぶついってるけど、ぼくには全然ピンとこないんだ」と告げたのはロビーだった。(中略)「初期のロカビリーとかを例に出して」とロビーはふり返る。「一部のレコード、モータウンでもサン・レコードでもフィル・スペクターのでもいいんだけど、とにかく一部のレコードには、ヴァイブレーションというかひとつの音質があるってことを、ボブにわからせようとしたんだ。それまでのボブは『そんなことだれが気にする?ぼくは歌詞にしか興味がない』って感じだったからね。」

(バーニー・ホスキンズ『流れ者のブルース ザ・バンド』253ページより)

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「グッド・タイム・ミュージック」としてのザ・ビートルズ

 

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♪ハニー・パイ(アンソロジーver)

ザ・ビートルズの『アンソロジー3』に入った「ハニー・パイ」を聴いていたらあるバンドの名前が脳内に浮かんだ。ラヴィン・スプーンフル。 60年代後半にNYグリニッチ・ヴィレッジで活躍したバンドだ。ジャグ・バンドやラグタイムなど「古き良きアメリカ」の音楽を60年代によみがえらせたことで知られる。

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これまで両バンドの間になんらかの関係性があるとは思わなかったので、この連想は自分でも意外に思えた。『ホワイト・アルバム』に入ったいかにも20年代然としたヴァージョンでは特に何も思わなかったのだが…と呟きつつ、「オブラディ・オブラダ」「ドント・パス・ミー・バイ」を続けて聴いているうち「ザ・ビートルズラヴィン・スプーンフル」という結びつきは脳内でなにかしら確固としたものになっていった。

 

ラヴィン・スプーンフルは、イギリスのロックバンドが大挙して押し寄せた「ブリティッシュ・インヴェイジョン」の季節、1965年に結成されたバンドである。メンバーは20年代の音楽のマニアであったが、同時に全員がビートルズをフェイヴァリット・バンドに挙げている。逆にビートルズのメンバーもラヴィン・スプーンフルをよく聴いていたという。例えば、1966年4月マーキー・クラブ公演にジョンとジョージが出かけ、演奏後メンバーと交流を持っている。

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ビートルズの中でも特にポール・マッカートニーがこのバンドの強いファンであったのではないかと思わせるのが次の『リボルバー』についてのインタビューである。「『グッド・デイ・サンシャイン』では、僕は『デイドリーム』のような曲を書こうとしたんだ」「(この曲には)伝統的な、ほとんどトラッド・ジャズ的な感覚がある」「彼らの曲ではこれが一番のお気に入りなんだよ」云々。

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「グッド・デイ・サンシャイン」が「デイドリーム」に似ているかどうかという議論はさておき、ここで出てきた「トラッド・ジャズ」という言葉に注目したい。50年代のイギリスではジャグ・バンドやディキシーランド・ジャズなどトラディショナルな、いわば「モダン」以前のジャズがリバイバルして流行した。その音楽は「スキッフル」と呼ばれ、ビートルズの誰もが少年期にこの洗礼を受けたのだ。たとえばジョージはギターより前に洗濯板を握りギコギコ鳴らしていたという。

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その後時代はR&Bやロックンロールに移り、メンバーも洗濯板を捨てたと思うが、その数年後にスキッフルがまた目の前に現れたのでポールはあっと思ったのではないだろうか。偶然か否か、その後ポールはトラディショナル・ジャズ的なナンバーを書き始める。例えば『サージェント・ペパーズ』に入っている「ホエン・アイム・シクスティ・フォー」など。この曲は16歳の時に書いたナンバーらしいが、『サージェント・ペパーズ』のヴァージョンだとクラリネットなどが入っていかにもなアレンジになっている。このほのぼのとしてレトロな味を持った小品は「マーサ・マイ・ディア」や「ハニー・パイ」に受け継がれ、ソロ時代にポールの大きな持ち味になる…というのは『ラム』などを愛する皆様なら言わずもがなであろう。

 

ラヴィン・スプーンフルを聴いたポールが自らのルーツとしてのスキッフルに立ち返った」というのは、ちょっと大げさな気がするが(しかし最近ではスタンダード曲のカヴァー集も出していましたね)ビートルズが「ロック」の括りで捉えきれないバンドであるというのはつくづく感じるところである。言うならば「グッド・タイム・ミュージックとしてのビートルズ」としてビートルズを見直せば、また違った「ビートルズ」像が描けるのではないか?ちなみに僕はポールとリンゴが作った曲にこの「トラッド・ジャズ」の色彩が特に濃いような気がするのですがどうでしょうか。

 

Kisses on the Bottom -Deluxe-

Kisses on the Bottom -Deluxe-

 

 

 

 

私とブルーズ

あなたがはじめてブルーズを聴いたのはいつだろうか?ぼくの場合、恥を忍んで告白すればエリック・クラプトンの『アンプラグド』ということになる。小学5,6年生のことだ。父親のCD棚にあったアルバムだが、そこに「ノーバディ・ノウズ・ユー」「ローリン・アンド・タンブリン」等のカヴァーが入っていた。

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ではその感想は?といえば、冴えないものだった。いわゆる「ブルースっぽい」進行(Ⅰ→Ⅳ→Ⅴ)は、アニメで「哀愁のブルース」「おやじのブルース」と戯画的に扱われることで(ぼくの中で)かなり陳腐なものになっていた。だから、「ノーバディ・ノウズ・ユー」を聴いても「親父のブルース」が頭をよぎり、「またこれかぁ」という感想しか持てなかった。メロディアスな「レイラ」や「ティアーズ・イン・ヘヴン」の方が小学生の感性には合っていた。

 

これと似たような体験をした人は多いのではないだろうか。現在、劇伴やCM音楽、カフェのBGMなどにのせて、雰囲気やイメージを高めるためにある種誇張された形で音楽は「流されて」いる。ブルーズ進行を聴いて「哀愁」というのは、ジャズを聴いて「バーっぽい」、ボサノヴァを聴いて「オシャレ」というのと同じように、あまり音楽を聴かない人の中では広範にみられる現象ではないか。

 

ともかく『アンプラグド』以降、ブルーズを素通りして生きてきた。ぼくがブルーズに再び出会ったのは大学生になってからだった。久しぶりに聴いたブルーズは強烈な異物として迫ってきた。「アメリカ文化史」のような講義で教授が流した音源、確かサン・ハウスマディ・ウォーターズだったと思うが、チリチリというノイズの向こうから切り裂くような叫びと、ガリガリビヨーンという異常なギターの音が聞こえてきた。

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そのノイズはかなり金属的(メタリック)なもので、ああ、ギターの弦は金属なのだなという当然のことを思い出した。演奏はきわめてシャープ、それを通り越して「ミニマル」とも思えるもので、強烈な現代性を感じた。それと同時にむさくるしい「おやじ」のイメージは彼方に消え去った。その後しばらく戦前のブルーズをむさぼり聴く期間が続いた。

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想像だが、きっとベックやジョン・スペンサーも『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』をこのように受け取ったのではないか。70年代英国のブルース・ロックのミュージシャンたちが広めた、いわゆる「ブルージー」な音やⅠ→Ⅳ→Ⅴの進行などが陳腐化した後に、彼らは「ノイズ」や「ループ感覚」の方からブルーズを再発見したのではないだろうか。その参照項はもちろんヒップホップやグランジである。

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なるほどこれは誤解には違いない。ただ、ブルーズはアラン・ローマックスの時代からロマンチックに誤解され続けてきた音楽である。ぼくは、「黒人以外にブルーズは分からない」という意見もある面では真実であると思う。しかしそれでもなお、「誤解」から新たな音楽が生まれる、その「過程」にこそ注目すべきだと感じるのだ。ミュージシャンが離れた時間・離れた場所の音楽を聴いて、新鮮な感動を受ける。そしてその感動を自らの立ち位置や視点から変換し、「現代の音」として甦らせる。この「感動の変換」こそがつねに音楽の歴史を更新してきたと思うからである。

 

音楽のファンダメンタルな在り方を設定し、それと矛盾するものを批判し排除するよりも、この「変換」がどのようにおこなわれたか、またはある音楽的モチーフがどのように受け継がれ、どのように変奏されていったか、について注目した方が多くの成果をもたらすのではないかと思う今日この頃である。

Grizzly Bear とAlabama Shakes, 失われた音を求めて

 

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2009年、アニマル・コレクティヴやハドソン・モホークが現在の音楽シーンにつながる重要な作品をリリースした年だが、この年ラジオでよく流れていた曲のなかで最近思い出したものがある。Grizzly Bearの “Two Weeks”という曲である。

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イントロの躍動的なピアノが印象的な曲で、地元のFM(zip-fm)で結構よく流れていたからヒットしていたのだと思う。近所のツタヤで彼らのアルバム “Veckatimest”を借りたのも、この曲が入っていたからである。Fleet Foxesなどと合わせて「チェンバー・ポップ」と呼ばれていることも知らずに、当時は単純にヒット曲の一つとして聴いていた。

 

なぜ最近になってこの曲を思い出したかというと、「森は生きている」岡田拓郎さんと「吉田ヨウヘイgroup」吉田ヨウヘイさんの過去のインタビューにこのバンドの名前が出てきたからである。

 

『じゃあ、自分の作品で音楽性を変えられないところまで作った後に、彼に加わってもらったらどうなるのか?』ってことでお願いしたっていう感じで。その時、岡田くんが『グリズリー・ベアみたいなことやろう』って言いだして(笑)。それでグリズリー・ベアのすごいプロダクションが凝ってるやつを聴かせてくれて。それがすごい刺激的で。自分にも合う方向だけど、自分には考え付かなかったんですよ。岡田くんと共同作業出来たのが二日くらいだったんですけど、そのレコーディング最後で学ぶことが多かったんで、この手法で次のアルバム行けるかも、って思って。今、そういうこと考えながら作ってるっていう感じなんですけど」

『Smart Citizen』制作時のインタビュー(http://thesignmagazine.com/sotd/okadayoshida1/)から

(また、岡田拓郎さんは最近のツイッターの発言でも相変わらず彼らのサウンド・プロダクションに関心を示していた )

 

 

その発言を聴いて“Veckatimest”を再び聴きなおしてみた。生楽器の質感を保ちつつダイナミズムを失わない音作りは、7年前の作品だがビビッドさを失っていないと思った。「チェンバー・ポップ」という箱庭的なイメージに反して演奏も歌も非常にダイナミックなバンドであったと今気が付いた。(あと単純に歌も演奏もめちゃくちゃウマい。)

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Grizzly Bear/Fine For Now

 

再聴してみて、特に4曲目の ‘Fine For Now’が印象に残った。この曲を聴いてとっさに思い浮かべたのはAlabama Shakesの'Don't Wanna Fight'である。

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Alabama Shakes/Don't Wanna Fight

 

ギターのジャリッという甘い響きや、遠雷のようなドラム(独特の残響感はスティーヴ・アルビニを連想させる)クアイアのようなコーラスの重ね方に共通点を感じた。天井の高い山小屋や教会のような場所で録音されたのではないか(グリズリー・ベアのアルバムは実際に1928年に建造された木製の山小屋を利用して録音されている)そんなことを思わせるサウンドであり、僕はこのサウンドを「教会サウンド」と呼びたいと(ひそかに)思っているのだが、ともかくこの両バンドの間に思わぬ共通点が見つかったので意外に感じた。(Grizzly Bearとの関連ではFleet FoxesやThe Morning Benders=Pop Etcなどは咄嗟に頭に浮かぶが・・・)両者に親しい交流があるとは聴いたことがないが、お互いの音源を聴いている可能性は大いにあり、どちらかがどちらかの影響を受けてこのような音響になった、または共通の「元ネタ」が存在することなども想像できる。

 

しかし時系列的な前後はあるだろうが、結果としてGrizzly BearとAlabama Shakesが類似した質感のサウンドを「選択した」という事実の方が重要なのではないかと思う。その「音」とは先ほど述べたような「教会」的なサウンドである。このサウンドの特徴は、生楽器のオーソドックスな感触を持ちつつも深い残響と強いアタック感を持ち、現在ラジオでプレイされてもメインストリームのポップスに鳴り負けない強い音になっていることである。

 

面白いのは、海を越えて日本の「森は生きている」や「吉田ヨウヘイgroup」がこの「音」に反応したことである。彼らもまたGrizzly Bearなどと同じく60~70sのスワンプ・ロック/フォーク/バーバンク・サウンドなどを愛する若者たちである。彼らの中にはノスタルジーはなく、むしろ半世紀前の「失われた音」「あの世の音」(細野晴臣)に対する新鮮な驚きと感動がある。このような場合、過去の音楽(現在の形式とは異なった技法で描かれた音楽)を聴いて得た感動をどうやって現代に「変換」するかということが問題になる。この問いに対するひとつの解法として「教会サウンド」が選択されたのではないか。

 

おそらく、この「過去の音楽から受けた感動をどう変換するか」という問題関心を持っているのはアメリカ・日本の若者のみではない。2000年代中盤から、インターネットの普及・動画共有サイトの広がりによって過去の音源にアクセスすることはかつてないほど容易になった。この「アーカイヴ時代」において、ある種の若者たちは世界中で同じことを考えているのではないかと思うのである。

今後はインドネシアやタイ、韓国などから古いものを生かした新しい音が出てくる可能性がある。そのようなミュージシャンたちの同時多発的な試みが、これからの音楽シーンにおいて重要さを増していくのではないかと考える。というよりもそれはもう始まっているのではないか。

2009年洋楽シーン・極私的回想

 

2009年「洋楽」の思い出バナシをさせていただく。この年に、現在につながるいろいろな萌芽が生まれていたと感じるためである。個人的には、4月に高校に入学して行動範囲が広まり、これまでよりもずっとたくさんライヴを見たりCDを買ったりした年であった。自分の一生で最も多く・深く音楽に触れた年だったと思う。

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個人的な2009年ベスト・アルバムはThe XXの“The XX”だった。(さいきん再結成したということで・・・)国内では相対性理論の『ハイファイ新書』がお気に入りだった。しかし『スヌーザー』『クロスビート』はAnimal CollectiveThe Horrorsの新作の方を高く評価していた。FMラジオからはLily Allenの“The Fear”や、Franz Ferdinandの“Ulysses”などがよく流れていた。西海岸からGirlsがデビューしたのもこの年だが、彼らの“Big Bad Means Motherfucker”をはじめて深夜ラジオで聴いた時の事はよく覚えている。(スピーカーが壊れたかと思った)

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Lady Gagaが日本でも人気を集め、James Murphyは雑誌で「あれがアートだって?ふざけるな!」と啖呵を吐いていた。(翌年LCD Soundsystemは解散した。フジロックのラストライヴは素晴らしかった)カニエがオートチューンを使い始めた。(オートチューンを使うか否かは当時大きな問題だった)ビヨンセが傑作曲“Single Ladies”を出した。Black Eyed Peasが “Boom Boom Pow”でエレクトロに接近した。タワーレコードで試聴したWashed Out “Life Of Leisure”の斬新なサウンドには驚いた。(すぐ「チルウェイヴ」という名前で世界中に広まった)

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自分の思い出の範囲だけでこうして並べて書いてみても、現在も活躍している人と「どこへ行ってしまったんだろう?」という人とではっきりと明暗が分かれて面白い。たとえば、今は影も形もないが、当時はThe Libertinesの後追い的なイギリスのガレージ・バンドの人気が残っていた。(The ViewとかThe Enemyとか)僕もバリバリのロック少年だったので、わりにそういうもの中心に買っていた。 “The Tellers”というスウェーデンかなんかのリバティーンズ・フォロワーまで買っていたから相当である。

 

しかし今思えば、2009年もっとも重要だったのはイギリス出身の若いトラックメイカーたちのデビュー・躍進であったのだと思う。例えばグラスゴーからHudson Mohawkeが EP'Polyfork Dance'でデビューし、同年には傑作“Butter”をリリースした。同じくロンドンでJames Blakeがキャリアをスタートさせた。前述したようにJamie XXもThe XXの一員としてデビューした。いわゆる「プレイステーション世代」(ソニープレイステーションを用いてビートを作成していた世代)の若者達がダブステップ後のシーンに殴り込みをかけたのが2009年だったのだなと思う。彼らのようなイギリス出身の若手トラックメイカーとアメリカのヒップホップ/R&Bとの結びつきこそがテン年代の「音」を決めたと言っても過言ではないと思う。

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Hudson Mohawke-Butter

 

しかし恥ずかしながら、当時はまったくこの動きを理解していなかった。 “Butter”は『スヌーザー』の年間ランキングに入っていたが、その奇妙なジャケットから、「また奇を衒って変なの入れやがって…」としか思わなかったのは痛恨の極みである。Flying Lotusが大きくロック誌に取り上げられ始めたのも、Thom Yorkeが関わってからであったように思う。7年前にはロック・ファンとダンス/ヒップホップ・ファンの間の境界は今よりもはるかに広かった。そう思うと、2010年という早い時期にHudson Mohawkeをリミキサーとして起用したZAZEN BOYS/KIMONOSの向井秀徳はさすがである。(Kimonos/No Modern Animal:Hudson Mohawke Remix)

 

(2006年あたりに向井秀徳D’Angeloの“Voodoo”をSly & The Family Stoneの “There’s A Liot Goin’ On”と比較して絶賛していたのをよく覚えている。)

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そして最後に、2009年を語る上で欠かせないのがマイケル・ジャクソンの死である。(6月)そこから映画 ‘This Is It’ 公開などを経て、マイケルの評価は180度逆転した。当時を生きていた人間としては「キング・オブ・ポップ」の偉大さが見直されると同時に「ポップ」という言葉も徐々に肯定的なものに変化していったように思えるのだ。そう考えると、Daft Punkがディスコを掲げて復活したこと、Pitchforkがメインストリームの作品を積極的に取り上げ始めたこと、また“Uptown Funk”の大ヒットなど、2010年代の重要な事柄にも「キング・オブ・ポップ」がうっすらと影を落としているように思える今日この頃である。